大判例

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名古屋地方裁判所 昭和52年(ワ)2072号 判決

原告 横山藤逸

右訴訟代理人弁護士 寺澤弘

同 岩本雅郎

寺澤弘訴訟復代理人弁護士 吉見秀文

同 正村俊記

被告 安井富松

右訴訟代理人弁護士 野島達夫

同 大道寺徹也

同 打田正俊

同 在間正史

打田正俊訴訟復代理人弁護士 打田千恵子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対して別紙第二目録記載の建物を収去して別紙第一目録記載の土地を明渡せ。

2  被告は原告に対して昭和五二年六月一三日以降、別紙第一目録記載の土地明渡し済みに至るまで一か月金四万五五二〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一 請求原因

1  別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という)は原告の所有である。

2  別紙第二目録記載の建物(以下本件建物という)は被告の所有である。

3  被告は昭和五二年六月一三日以降原告に対抗できる何らの正当権原もなく、本件建物を所有して本件土地を占有している。

4  本件土地の地代相当の損害金は、昭和五二年六月一二日現在一か月金四万五五二〇円である。

よって、原告は被告に対し、本件土地の所有権に基き、本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ、昭和五二年六月一三日以降、本件土地明渡し済みに至るまで、一か月金四万五五二〇円の割合による損害金の支払いを求める。

二 請求原因に対する認否

1  請求原因第一項、第二項は認める。

2  同第三項のうち被告が本件建物を所有することにより本件土地を占有している点は認め、その余は否認する。

3  同第四項は否認する。

三  抗弁

被告は昭和四一年八月三日以前より原告から本件土地を賃借しており、名古屋地裁昭和四〇年(ワ)第三〇二二号事件において昭和四一年八月三日成立した和解(以下本件和解という)においても、本件土地につき、原告を賃貸人、被告を賃借人とする賃貸借契約の存在していることが確認された。

四  抗弁に対する認否

すべて認める。

五  再抗弁

本件和解において、本件土地の賃料につき、次のような合意が成立した。

1イ、本件土地の賃料は、昭和四一年一月一日以降一か月一坪当り金五〇円の割合で毎月末日限りその月分を原告方へ持参又は送金して支払う。

ロ、賃料は、将来昭和四一年度固定資産税及び都市計画税の総額を基準として、それら総額の増減率と同じ率で増減額する(以下この和解条項を自動改訂条項という)。

2  本件土地の昭和四一、五一、五二年度の固定資産税及び都市計画税は左記の通りである。

目的土地

税の種類

昭和年度

税額

本件一の土地

固定資産税

四一

金二〇七一円

五一

金二万一四八六円

五二

金二万七九三二円

都市計画税

四一

金三九四円

五一

金三七〇九円

五二

金四八二二円

本件二の土地

固定資産税

四一

金二六〇四円

五一

金二万六九九七円

五二

金三万五〇九六円

都市計画税

四一

金四九六円

五一

金四六六〇円

五二

金六〇五九円

3  従って、本件土地の賃料は、昭和五一年四月一日から昭和五二年三月三一日までは一か月金四万四八八〇円に、同年四月一日から昭和五三年三月三一日までは一か月金五万八三四四円に、各増額されたことになるべきところ、原告は被告に対して、昭和五一年四月一日から昭和五二年三月三一日までは一か月金三万五〇一五円に、同年四月一日から昭和五三年三月三一日までは一か月金四万五五二〇円に、各増額された旨を通告した。しかるに、被告は昭和五一年四月一日以降、昭和五二年五月末日までの賃料を一部しか支払わない。

4  原告は被告に対し、昭和五二年五月三一日賃料の不払分合計金二三万六二一二円(昭和五一年四月から同五二年三月迄の未払分金一四万五一七二円と同年四、五月分の賃料合計金九万一〇四〇円)を一〇日以内に支払うよう催告し、催告期間内に支払いのない時は本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

5  右意思表示は昭和五二年六月一日被告に到達したが、被告は同年六月一一日を経過してもその支払をしなかった。

6  よって、原被告間の本件賃貸借契約は昭和五二年六月一一日をもって解除により終了した。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁第一、第二項は認める。

2  同第三項は否認する。

3  同第四、第五項は認める。

4  同第六項は争う。

七  再々抗弁

(一)  事情変更

本件和解のうち、賃料の自動改訂条項が合意された理由は、固定資産税並びに都市計画税の推移が地価や近隣の賃料価額の増減に相応するものであるとの認識によるものである。ところが固定資産税、都市計画税については当事者の予期に反し、右和解の後、固定資産の評価方法に変更があった等の理由により、地価や近隣の賃料と比較して相対的に著しく増加し、右和解当時とは事情は著しく変更した。これにより、昭和五一年四月一日の時点で右和解条項は合理性を失い失効した。仮にしからずとしても昭和五四年四月一日の時点では失効した。以下、右賃料増額の算定基準となる本件土地の固定資産税額、都市計画税額が右和解成立の前後を通じ、どのように変遷して来たかを明らかにする。

1  固定資産税及び都市計画税は、それぞれの課税標準額に所定の税率を乗じて算出されるものであるが、その税率は左記のとおりであり、各年の税額は別紙「固定資産税都市計画税推移表」のとおりである。

A 固定資産税

(イ) 昭和二九年 一・五パーセント

(ロ) 昭和三〇年以降現在まで 一・四パーセント

B 都市計画税

(イ) 昭和三〇年以前 税制なし

(ロ) 昭和三一年 〇・一パーセント

(ハ) 昭和三二年~五二年 〇・二パーセント

(ニ) 昭和五三年 〇・二五パーセント

(ホ) 昭和五四年 〇・二七五パーセント

2  課税標準額算定方法の変更について

課税標準額算定の方法は昭和三九年度以降度々の変更がされてきている。このように変更を余儀なくされたのはいわゆる高度経済成長政策に乗って地価が暴騰し、これにつられて土地の評価額も暴騰することとなったが、従前の如く、土地評価額をそのまま課税標準額とする場合にはあまりに高額な土地税が課されることとなり、税の暴騰と担税の不公平を招くことから、これを調整するために再三に亘り評価方式の見直しがされたものである。たしかに、昭和四一年度以降、負担調整率による調整、住宅用地の特例などによって各課税標準額を低く押える努力がなされており、これが被告にとって有利に働くことは認められるものの、課税庁がこのようにして税額の急上昇を押えなければならなかったこと自体、右年度以降の地価の暴騰が一般の予想をはるかに超える異常なものであったことを物語るものである。

3  課税標準額の変更について

(1) 被告は、本件和解当時、土地の課税標準額がこれ以後数年がかりで二〇ないし三〇パーセントずつ引き上げられるであろうことは全く予想できなかった。現に、各課税標準額が評価額と同一であった最後の年である昭和三八年度から本和解成立時である同四一年度までの四年間に各課税標準額は四四パーセントの上昇であり、他方昭和四一年度以降五二年度までの一二年間には課税標準額は一二四八パーセントの上昇になる。このように、本件和解成立の前後を通じて各課税標準額の上昇は一桁違う数値を示しているのであって、従前の経緯からその後のこのような変動を予想することは不可能であった。

(2) また、仮に本件和解当時、行政庁が、課税標準額引き上げの計画を有していたとしても、そのような行政側の意図については被告は知るところではなく、被告としては固定資産税や都市計画税の上昇は従前のペースと大差ないものとの見込みの下に本件和解を成立させたのであるから、現在に至るまでの各税額の飛躍的な増加は当事者の予測範囲を超えるものとして契約の拘束力の埓外にあると見なければならない。

4  税率の変更について

次に注意を要することは、都市計画税について、従前課税標準額の〇・二パーセントが税率であったところ、昭和五三年度には〇・二五パーセントに同五四年度には〇・二七五パーセントにそれぞれ上昇している点である。この税率変更による税の増加率はそれぞれ二五パーセント、一一パーセントとなり、昭和五二年から同五四年までの二年間に都市計画税は三七パーセントも増加している点である。このような税率の変更は当事者の予測し得ないところであるといわざるを得ない。

5  税額の変更について

「固定資産税・都市計画税額推移表」によって明らかな如く、本和解成立時である昭和四一年における本件土地の各税の合計は金五五六五円であった。当時から一一年前の昭和三〇年度においてはこれが金二二四二円であったものでその増加率は二・四八倍である。ところが、右和解成立後一一年を経た昭和五二年には右金額は金七万三九〇九円となり、その増加率は一三・二八倍となる。そして一六年後の昭和五七年度には実に三三・五八倍にもなっているのである。従来土地、建物といった不動産は、このような激しい値動きをするものとは、一般に考えられておらず、昭和四一年の本件和解成立時においても土地騰貴の序盤の段階とて、それ以後に到来するこのような激しい騰貴を到底予想できる状態ではなかったものである。

6  消費者物価との比較

和解成立後、現在までの消費者物価の動向と比較すると、総理府統計局発表の消費者物価指数によれば、昭和五〇年の消費者物価を一〇〇とした場合、昭和五二年四月のそれは一一七・九であり、昭和四一年のそれは四六・八にあたる。従って昭和四一年の消費者物価は同五二年四月に二・五一倍になっている。つまり、消費者物価は昭和四一年以降一一年間に二・五倍に増加したにすぎないのに対し、本件土地賃料は同じ間に一三・二八倍も増加しているのである。

7  適正賃料との比較

裁判所の鑑定による適正継続賃料と右自動改訂条項に基づく賃料を対比すると、本件和解成立直後においてさえ、和解による賃料は適正賃料を上回っているが、それでも三年間位はその隔りも小さく、右条項は現実的機能を有していたと見ることができる。しかし、両者の隔りは昭和四五年度から相当大きなものとなり、昭和四九年までの間は和解による賃料が適正賃料の約一・六倍という状況になったが、被告は不満を有しながらも増額された賃料を支払ってきており、この間においても、右条項は曲りなりにも現実的機能を有していたということができる。

ところが、昭和五〇年度を境として和解による賃料は適正賃料に訣別を告げて暴走をはじめ、以後、激しい増加をして、昭和四九年度から昭和五七年度までの間に実に五・九一倍になったのである。

このようにして、昭和五一年度においては和解による賃料が適正賃料の約二・二倍に、昭和五四年度においては三倍を超えることとなった。適正賃料は同年度までしか求められていないので、その後の推移は明らかではないが、概ね従前と同様の増加傾向であろうと思われることからすれば、右両者の比率は現時点では更に拡大しているということができる。

以上の点からみて、本件自動改訂条項は昭和五〇年度以降賃貸借の現実に即応しなくなったもので、この頃以降その機能を失ってしまったものと言うことができる。

8  比隣の賃料との比較

被告は、本件土地に隣接する九筆の土地を訴外五名の地主から賃借している。その内訳は左のとおりである。

① 所有者 大矢妙子

(イ) 三丁目 八番 二五・四四坪

(ロ) 三丁目一二番 六八・六〇坪

(ハ) 三丁目一六番 六四・一八坪

合計 一五八・二二坪

② 所有者 佐藤金住

三丁目一〇番 三八・二三坪

③ 所有者 丹羽幸七

(イ) 三丁目一四番 五五・一四坪

(ロ) 三丁目一四番の二 四八・四四坪

合計 一〇三・五八坪

④ 所有者 岡田泰子

(イ) 三丁目一七番 三五・〇一坪

(ロ) 三丁目一七番の二 四七・五七坪

合計  八二・五八坪

⑤ 所有者 不破治之

三丁目二〇番一のうち八〇・〇〇坪

これらの土地の昭和五六年度における賃料、および坪当りの賃料額は左のとおりである。

① 大矢妙子

年賃料   金二三万〇〇〇〇円

月当り賃料  金一万九一六七円

坪当り賃料     金一二一円

② 佐藤金住

半年賃料   金四万五三〇〇円

月当り賃料    金七五五〇円

坪当り賃料     金一九七円

③ 丹羽幸七

月賃料    金二万三〇〇〇円

坪当り賃料     金二二二円

④ 岡田泰子

年賃料   金一六万〇〇〇〇円

月当り賃料  金一万三三三三円

坪当り賃料     金一六〇円

⑤ 不破治之

年賃料   金一四万五〇〇〇円

月当り賃料  金一万二〇八三円

坪当り賃料     金一五一円

右各土地の賃料は、一か月坪当り金一二一円から金二二二円までの間にある。ところが、本件土地の昭和五六年度一か月一坪当りの賃料は、金一五二六円となり、比隣の賃料と比較して六・九倍から一二・六倍にも及んでいる。

本件土地の賃料がこのように非常識な額となるのは、自動改訂条項によるものであり、それでも同条項の効力を維持するとすれば著しく不正義であると言わなければならない。

(二)  賃料減額請求

仮に、右自動改訂条項失効の主張が認められないとしても、被告は昭和五一年三月頃、同年四月以降の賃料を一か月金二万三六〇六円にする旨申し出て賃料減額の意思表示をなした。

(三)  賃料の支払

被告は昭和五一年四月分以降月額二万三六〇六円を支払っている(但し、四月、五月分については先に支払った月額一万九四七四円との差額を後刻追加払した)。

八  再々抗弁に対する認否

(一)  再々抗弁(一)(事情変更による自動改訂条項の失効)について

1  再々抗弁(一)1は認める。但し、「固定資産税、都市計画税推移表」の中の各税額が実際の税額であることは否認する。税額は一〇〇円未満は切り捨てとなる。

2  同(一)2の主張は争う。

3  同(一)3(1)(2)は否認する。

本件和解の成立したところの名古屋地裁昭和四〇年(ワ)第三〇二二号事件が係属していた昭和四〇年頃から昭和四一年八月三日(和解成立日)頃にかけては、本件土地の評価額は

本件一の土地    金七七万六三四四円

本件二の土地    金九七万五三三六円

であった。これに対し、固定資産税及び都市計画税の各課税標準額は

本件一の土地 昭四〇 固都標 金一二万三三一二円

本件二の土地 昭四〇 固都標 金一五万五〇四六円

本件一の土地 昭四一 固標 金一四万七九七四円

都標 金一九万七二九九円

本件二の土地 昭四一 固標 金一八万六〇五五円

都標 金二四万八〇七三円

である。両者の間に四倍ないし六倍の乗離のあったことは被告もまた熟知していたのである。換言すれば、当時既に固定資産税及び都市計画税の各課税標準額が数年がかりで年率二〇ないし三〇パーセントずつ、適正評価額まで引きあげられてゆくであろうこともまた当然予想されていたのである。

4  同(一)4の主張は争う。

5(1)  同(一)5の主張は争う。

被告は昭和五一年四月一日までに和解条項が無効となった原因又は事由を主張するべきであって、昭和五一年四月二日以降に生起したところの間接事実を主張したとて全然無意味である。

(2)  同(一)6のうち、消費者物価指数の変遷の事実は認め、その余の主張は争う。

賃料は、土地の使用及び収益の対価であるところの法定果実である。借地法一二条にも賃料は「土地価額の昂低により」不相当になった時は増減額の請求をすることができるとの規定がある。もし、本件土地の四囲の状況及び宅地の需要供給が常に同じであるという仮想の前提にたてば、賃料を消費者物価にスライドさせるようにしておけば実質賃料(実質賃金と同じ意味)は同じことになるので、消費者物価指数にスライドさせることもまた一理である。しかし、都市の土地の需要供給は、都会人口の過密化により年々需要超過傾向がつづき、都市交通の便は年々良くなり、電気・ガス・上下水道も年々完備してゆき、近隣商店街も充実し、マンション等も立ち並び生活環境は年々よくなっている。そのように刻々と利用価値の高まる土地の使用収益の対価であるところの賃料は、消費者物価指数よりもその土地の価格にスライドさせる方がより妥当であると考えるべきであるし、実際にも新規土地賃貸借における賃料は、完全に土地の価格に比例しているのである。従って賃料の将来の増減を土地の適正な評価いわゆる固定資産評価額の増減率に比例させることには相当の理由がある。しかも本来固定資産税及び都市計画税は賦課期日現在の土地の適正価格に対して課税せられるべきものであるにもかかわらず、まさに政策的に負担調整率、住宅用地の特例、小規模住宅用地の特例などの名目で昭和三九年度以来今日まで低く低く抑えられているのであるから、賃料を固定資産税及び都市計画税の総額に比例させるということは、借地人たる被告にとって有利でこそあれ、不利なことは全くない。

(3)  同(一)7の主張は争う。本件鑑定の結果による適正継続賃料が真に本件土地の適正賃料を示していることは否認する。

(4)  同(一)8の事実は不知。その主張は争う。

6  原被告間の本件土地賃貸借契約は昭和五二年六月一一日に契約解除の効果が発生したのであるから、被告は昭和五二年六月一一日までに本件和解条項が無効になったと主張するならともかく、その翌日以降に本件和解条項が無効になったとしても無意味である。従って昭和五四年四月一日に本件和解条項が無効になったとの主張は的はずれである。

7  本件和解条項は被告も納得のうえで合意したものであり、本件和解調書は確定判決と同一の効力を有するものである。

(二)  再々抗弁(二)(賃料減額請求)は否認する。

被告は、賃料減額の意思表示をした旨主張するのみで、減額の対象となる定まった賃料の存在、先の賃料決定以後の相当期間の経過、賃料が不相当となった事由を主張しないから、被告の右主張はそれ自体失当である。

(三)  再々抗弁(三)(賃料の支払)の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  本件土地が原告の所有であり、被告が本件建物を所有して本件土地を占有していること、被告は昭和四一年八月三日以前より原告から本件土地を賃借しており、右同日原告と被告間で成立した裁判上の和解において、この賃貸借契約の存在が確認され、さらに賃料額並びにその増減額の方法(自動改訂条項)につき原告の主張のとおりの合意がなされたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  原告は、右和解の自動改訂条項に基づき、本件土地の固定資産税及び都市計画税が増額されたのに伴なって賃料も増額された旨主張するところ、本件和解における賃料の自動改訂条項は借地法一二条の定める賃料増減額の法定要件を一部無視するもので、その効力をそのまま是認することには問題もあるが、裁判所が関与のうえ、当該事件に関しては借地法の精神にもとることはないとして合意の成立を認めたものであるから、直ちにその効力を否定することは相当でない。これに対し、被告は事情変更の原則により本件和解の自動改訂条項は効力を失ったと主張するので、以下検討する。

三  事情変更

1(1)  本件和解における賃料の自動改訂条項は税額の上昇につれて賃料が上昇することを予定するものであるが、これによる賃料決定が賃貸人、賃借人双方の右条項を設けることの合意に拘らず、なお不相当であるといえるか否かについては、和解締結時において当事者が有していた賃料上昇の見込みをも考慮に入れた上で、さらに賃料の改訂を促す諸要因を総合して判断する必要がある。そこで、これらの諸点につき順次検討するが、その前提事項として次の(2)(3)のとおり判断する。

(2)  まず、固定資産税、都市計画税の税額が別紙「固定資産税、都市計画税推移表」の通りであることについては当事者間に争いがなく、自動改訂条項に従って昭和四一年以降の月額賃料を算出すれば別紙「計算上の賃料及び実際請求賃料表」の計算上の賃料欄の通りになり、現実に請求された賃料が同表右欄の通りであることは《証拠省略》から認められる。そこで計算上の賃料と実際請求賃料のいずれを基に賃料の不相当性を判断すべきかであるが、実際請求賃料がいかなる計算上の根拠により別紙「計算上の賃料及び実際請求賃料表」のようになったかは必らずしも明らかではないのみならず、本件和解上はその条項の計算に基づいた賃料までは請求できるのであるから、これを基礎にすべきである。

(3)  次に、賃料が不相当になったかどうかについては、第一次的には昭和五一年四月の時点で、第二次的に同五四年四月の時点で判断すべきである。被告は右時期以降の事実についても主張しているが、それらは右基準時当時の事情を推認させる事実を除き考慮に入れるのは相当でない。

2  本件和解成立前の税額増加率との比較

(1)  原告と同様被告もまた土地を所有していることについては《証拠省略》から認められるところ、土地所有者である以上、固定資産税及び都市計画税を納付しなければならないのであるから、昭和四一年の本件和解の際両当事者は昭和四一年以前の各税の上昇率を念頭において合意をなしたものと推認できる。

(2)  そこで「固定資産税、都市計画税額推移表」に基づき昭和三一年から同四一年までの税額の推移をみると、別紙各税合計額推移表(1)の通りである。同表によれば、昭和三一年度から昭和四一年度にかけてはほぼ三年毎に二〇ないし三〇パーセント上昇していたことが認められる。そして、昭和三一年度の税額に比して昭和四一年度の税額は二・二八倍である。

これに対して、昭和四一年度から昭和五四年度にかけての各税の合計額の推移は別紙各税合計額推移表(2)の通りである。同表によれば、昭和四一年度から昭和五四年度にかけて毎年ほぼ二〇ないし三〇パーセント上昇していることが認められる。昭和四一年度の税額に比して昭和五一年度の税額は一〇・二二倍、同五四年のそれは二一・八六倍であり、昭和四一年以前の一〇年間と以後の一〇年ないし一三年間の上昇率の間にはこのような格段の差異があることを認めることができる。

(3)  《証拠省略》中には、昭和四一年度以降の前記のような税額の上昇を予想した上で本件和解がなされたとの供述もあるが、原被告ともに税務の専門家ではないことや、昭和四一年以前の税額の上昇率が右の通りであることを考えあわせれば、昭和四一年当時に本件土地の評価額と課税標準額に四倍の差があったからといって当事者が昭和四一年以降の右のような税額の上昇を予想していたと認めることはできない。

3  適正継続賃料との比較

(1)  鑑定の結果によれば、昭和四一年四月一日の月額賃料金四四〇〇円を前提とした場合、昭和五一年四月一日における適正継続賃料は金二万〇五〇四円であることが認められる。これに対し、本件和解に基づく賃料は月額四万四九六八円であって、右鑑定に基づく適正継続賃料の二・一九倍となる。

(2)  本件鑑定は、昭和四一年の月額賃料四四〇〇円を基準として毎年の適正継続賃料を順次求め、昭和五一年の適正継続賃料を算出している。ところが、実際には被告は原告に対し毎年それを上回る賃料を支払っていたのであるから、昭和四一年から五〇年までのうちのどの年度における実際支払賃料を基準にして算出するかにより昭和五一年の適正継続賃料は当然変わってくることになるから、鑑定の結果による適正継続賃料をそのまま比較の対照に用いることには疑問がないではないが、本件においては昭和四一年に一旦合意した賃料に自動改訂方式を適用して得た賃料と昭和五一年の適正継続賃料とを比較してその相当性を判断するものであるから、昭和四一年の実際支払賃料を基準とした適正継続賃料を用いることが妥当であるといわなければならない。

(3)  本件鑑定は、適正賃料と支払賃料との差額を賃貸人に配分して改訂賃料を算出するに際して、賃貸人に六パーセント、賃借人に九四パーセントが帰属するものとして鑑定評価している。これは、通常採用される折半法・三分法とは比率を異にしているけれども、《証拠省略》に照らせば、右の比率を採用したことは合理的なものであると認めることができる。

4  比隣の土地の地代との比較

(1)  《証拠省略》を総合すれば次の事実を認めることができる。

被告は本件土地に隣接する九筆の土地を原告以外の五名の地主から賃借しており、これらの土地を一体として工場、倉庫、住居に利用しているが、その昭和五六、七年の賃料は一坪当り最低で金一二一・一円、最高で金二六〇・七円である。これらの土地の賃料は二、三年毎に改定されている。

(2)  ところで、昭和五一年度における本件土地の和解上の賃料によると一坪当り賃料は金五一一円である。これを昭和五六、七年における隣接地の賃料と比較してもなお、二・〇ないし四・二倍の開きがある。土地価格の上昇傾向からいって、賃料が低下することは考えられないから、もし昭和五一年における隣接地の賃料と比較したならば右の開きは一層拡大するものであることは明らかである。

5  以上の事実を総合して考慮すれば、昭和四一年の本件和解当時においても税額の上昇により賃料がある程度上昇していくことは予想されていたし、さらに、かかる事態を惹起した元兇は地価そのものの急騰にあるところ、この地価とこれにつれて上昇する税額はそれ自体借地法で挙げる賃料増額事由であることからすれば、相当程度の賃料増額は被告も当然受忍しなければならないのであるが、そもそも賃料は土地の利用価値や収益力により決定されるべきもので、思惑的期待値を包含することもある地価の動きにそのまま連動する性質のものではない筈であるのに、この地価の高騰に伴う課税標準価格の上昇に加えて、被告主張のように税率の変更もあって(この点は原告も明らかに争わない)、昭和四一年以後の税額の上昇は当事者の予測をはるかに超えたあまりにも急激なものとなり、これに基づき算出される本件土地の賃料は前記のように近隣の賃料額や鑑定による適正継続賃料額とは著るしくかけ離れたものとなったことが認められるのである。しかも、このような情況は当事者の責に帰すべきではない原因に由来することはいうまでもないところであることからすれば、右自動改訂条項合意の際当事者が前提としていた事情はもはや失われ、さらに、被告の後記認定の賃料減額請求権の行使により、それが明白なものとなったとみるべきであるから、右条項にこれ以上当事者を拘束させるのは公平の観点に照し妥当ではなく、昭和五一年三月と右請求権が行使されたのを契機に、右自動改訂条項は失効したものと解するのが相当である。なお、被告は昭和五一年四月一日に右条項が当然に失効した旨主張するが、それでは賃借人が納得づくで右条項に基づく賃料を支払っている場合にもその根拠を失わせることになり、これは当事者の意思に合致するところではないから、右主張は採用できない。

四  賃料減額請求の意思表示の有無

1  《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1)  本件和解成立後、被告は原告の計算通りの賃料を原告に支払い続けてきたところ、昭和五〇年三月一五日頃、原告より被告に対し昭和五〇年度の賃料は金二万三六〇六円とする旨の通知がされた。これに対し、被告は従前から毎年にわたる賃料値上げに不満を持っていたため、昭和五〇年度の賃料は昭和四九年度のまま据え置くよう原告に要請し、昭和五〇年四月、五月は月額一万八一七五円、六月以降は月額一万九四七四円を支払うにとどまった。しかし同年五月八日、原告は額面をもって被告に対し被告の申出は受けかねる旨回答したことから、昭和五一年三月三日原告は、やむなく昭和五〇年四月から一二月までの支払賃料と金二万三六〇六円との差額三万九七八六円を支払った。

(2)  昭和五一年三月頃、昭和五一年度の固定資産税、都市計画税が前年度の約二・八倍となることが原告に判明したが、原告にとってもあまりにも急激な上昇であったため、とりあえず電話で被告に対し右の事情を相談し、被告は市役所へ出向いて税額の高騰に対し異議を申立てる一方、同年五月一七日、被告は月額賃料を金二万三六〇六円にすることを認めて同年一月から五月までの賃料の不足分金二万〇六六〇円を支払った。

(3)  本件土地につき再評価が行なわれ、税額が変わった結果、原告より被告に対し昭和五二年三月二〇日、昭和五一年度賃料を月額三万五〇一五円、昭和五二年度の賃料を月額四万五五二〇円にする旨の通知がなされた。

2  以上の事実経過に照らすと、被告は昭和五〇年度の賃料値上げに対してさえ、かなりの抵抗を示し、原被告間で賃料をめぐる紛議が一年間にわたり続いたことが認められる。また、昭和五一年度の賃料値上げの際には税額や賃料支払いをめぐって原被告間で電話等により度々交渉が持たれたことを推認することができる。そして、被告は昭和五一年四月、五月にはまたも月額一万九四七四円しか支払わなかったが、同年五月になって、月額二万三六〇六円までの増額に応じたことが認められ、昭和五一年度の賃料値上げの交渉が同年三月頃から始まったと推認されることをも考えあわせれば、被告は、昭和五一年三月頃、同年四月以降の賃料をもっと安くしてほしい旨原告に対し要請したことを推認できる。《証拠判断省略》

3  賃料減額請求は具体的な額を明示することを要せず、単に値下げの交渉であってもよいと解すべきであるから、被告の右の賃料値下げの要請は、賃料減額請求権の行使と認めることができる。

4  なお、原告は、被告の減額請求は、「相当期間の経過」「減額の対象となる定まった賃料の存在」「賃料が不相当となった事情」の三点につき主張を欠くから、それ自体失当であると述べるのみであるが、以下の理由で原告のこの主張は採用しない。

(1)  本件のように毎年賃料が自動的に改訂される契約の場合、特段の事情のない限り、当初の合意の時点から「相当期間の経過」を算定すべきである。一般に賃料増額請求につき、賃料が定められてから相当期間の経過を要するとされているのは、当事者が一度諸般の事情を考慮して賃料を定めた以上多少の事情の変動があってもこれを動かすべきでないという考慮に基づくものであって、一度賃料が定まってから短期間のうち賃料の増減請求を許すときは紛争を頻発することとなり、借地関係の安定を害するからである。ところが、本件のように毎年自動的に賃料が改訂される余地のある契約の場合、賃料改訂のたびに当事者が諸般の事情を考慮して賃料を決するわけではなく、当初の賃料自動改訂の合意の際当事者が考慮した事情に基礎をおくものであり、従って「相当期間」もこの時点から起算すべきである。

(2)  賃料が毎年自動的に改訂される賃貸借契約において、従前の経緯に照らし翌年度の賃料の上昇が確実とみられる場合には、翌年度分賃料が未だ確定していない段階でも翌年度分賃料に対する賃料減額請求の意思表示を予めなすことは適法であり、賃料は後に確定すれば足りるものと解すべきである。もし、増額賃料未確定の段階での減額請求を認めず、後になって遡及的に賃料の増額を許すものとすると、賃貸人は賃料確定の時点までの増額された賃料を賃借人の減額請求を封じたまま取得できることとなり妥当でない。

(3)  また、賃料が不相当となった事情については被告はこれ迄るる主張していること明らかである。

五  昭和五一年四月以降の相当賃料額と契約解除の効力

1  本件自動改訂条項失効後の本件土地の賃料であるが、本件和解において確認された昭和四一年度の月額賃料四四〇〇円を基準にして、同五一年四月以降の相当賃料額を検討するに、鑑定によると、これが金二万〇五〇四円となることは前記のとおりであり、かつ右鑑定の差額配分率に不合理な点のないことも先に判示したとおりである他、この鑑定における資料の収集あるいは賃料算出の手法に格別問題とすべき点も証拠上見出し難いから、これをもって、本件土地の昭和五一年四月以降の相当賃料額と認定すべきものである。しかし、被告は昭和五一年四月分として月額二万三六〇六円の賃料を支払ったことは当事者間に争いがなく、かつ、弁論の全趣旨に照せば被告は右の額については異存はないものと認められるから、適正継続賃料の如何に拘らず、双方間の賃料を金二万三六〇六円以下とするのは妥当でないというべく、そこで、本件土地の昭和五一年四月以降の賃料は月額二万三六〇六円をもって相当額と認定する(なお、被告が昭和五一年三月に同五〇年四月分から一二月分までの既払額と金二万三六〇六円の差額を支払ったことは前記のとおりであるが、被告はその後またも金一万九四七四円しか支払わなかったのであるから、右差額支払の時点では、未だこの月額二万三六〇六円に承服していたものとは認められない)。

2  そして、被告が昭和五一年四月分以降月額二万三六〇六円の賃料を支払ってきたことは双方間に争いがないから、被告には原告主張の契約解除の時点においては、賃料の未払はなかったというべく、被告の賃料債務不履行を前提とする原告の本件賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じないところである。

六  以上説明のとおりであるから、本件土地についての双方の賃貸借契約はなお存続しているというべく、右契約の解除を前提とする原告の請求は理由がない。よって、原告の請求を失当として棄却することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本増)

〈以下省略〉

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